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京都地方裁判所 平成4年(ワ)1679号 判決 1996年3月18日

原告 長谷川和夫

右訴訟代理人弁護士 坂元和夫

原告  本桂子

原告 和田郁子

原告 田崎昭子

原告 堀輝子

右四名訴訟代理人弁護士 折田泰宏

被告 日本住宅金融株式会社

右代表者代表取締役 庭山慶一郎

右訴訟代理人支配人 河野敏

右訴訟代理人弁護士 小林俊康

主文

一  原告長谷川和夫と被告との間において、同原告の被告に対する別紙債務目録(一)記載の債務が存在しないことを確認する。

二  原告本桂子、同和田郁子、同田崎昭子、同堀輝子と被告との間において、同原告らの被告に対する別紙債務目録(二)記載の債務が存在しないことを確認する。

三  被告は、原告らに対し、別紙物件目録記載の各不動産について、京都地方法務局嵯峨出張所平成二年九月二八日受付第二四五八九号抵当権設定登記の抹消登記手続をせよ。

四  訴訟費用は、被告の負担とする。

事実及び理由

第一請求

主文同旨

第二事案の概要

一  請求の類型

本件は、原告長谷川和夫(以下「原告和夫」という。)及び原告和夫を除くその余の原告ら(以下「その余の原告ら」という。)が、被告に対し、それぞれ主文一項又は二項の各債務を負担した事実はないとして、その債務の不存在確認を求めるとともに、所有権に基づき別紙物件目録記載の各不動産(以下「本件各不動産」という。)につきなされ主文三項記載の抵当権設定登記(以下「本件抵当権設定登記」という。)の抹消登記手続を求めた事案である。

二  前提事実

1  原告らは、本件各不動産を共有(原告和夫持分一五分の七、その余の原告ら持分各一五分の二)している。

2  本件各不動産には、被告のために、本件抵当権設定登記がなされている。

(右1、2の事実は、各当事者間に争いがない。)

3  本件各不動産は、もと亡長谷川吉之助の所有であったが、同人が、昭和四〇年一〇月一日死亡したため、その妻である亡長谷川辰子(以下「亡辰子」という。)及び子である原告らに相続され、昭和四一年二月一日、右相続を原因として、亡辰子及び原告らに対する所有権移転(亡辰子持分一五分の五、原告ら持分各一五分の二)登記が経由された。

4  平成二年六月七日、亡辰子が死亡し、その相続が開始したが、その相続人である原告和夫は、その長男である長谷川孝(以下「孝」という。)を代理人として、その余の相続人であるその余の原告らに対し、本件各不動産に対する亡辰子持分一五分の五全部を原告和夫が単独で相続することを提案したが、その余の原告ら全員から承諾を得ることができなかった。しかし、孝は、いずれその余の原告らから追認を受けられるものと判断していたため、同年九月二八日、原告及びその余の原告らの名義を使用して、本件各不動産につき、右相続を原因とする亡辰子持分全部の移転登記を経由した。

5  本件各不動産中の土地四筆(以下「本件各土地」という。)の地目は、もと畑であったが、昭和三〇年には現況宅地となっていたため、原告和夫は、孝を代理人として、その余の原告らに対し、本件各土地の地目を畑から宅地に変更することの承諾を得たうえ、平成二年九月一九日、その余の原告らとともに、孝を代理人として、本件各土地につき右地目変更登記を経由した。

(右3ないし5の事実は、甲一ないし五、甲一一、証人孝、原告和夫並びに弁論の全趣旨により、これを認める。)

6  孝は、三宅龍雄(以下「三宅」という。)と相談の上、原告らの共有にかかる本件各不動産を担保とし、原告和夫を借主、その余の原告らを連帯保証人として、被告から一億五〇〇〇万円を借入れ、自己及び三宅の事業資金等として使用することを計画し、平成二年春頃、被告京都支店に対し、紹介者山口某(以下「山口」という。)を通じて、右借入れ(以下「本件借入れ」という。)についての打診をしていたところ、同支店においては、調査の結果、本件借入れに応じることになった。

7  そこで、孝は、平成二年九月一九日、三宅が原告和夫の替玉として用意した松田某(以下「松田」という。)を伴って、被告京都支店に赴き、松田に原告和夫であると称させて、松田と共に支店長の応待を受け、その際、松田をして、原告和夫の名義を使用して、同原告名義の日住金ローン借入申込書(乙三)を作成させて、右借入申込書により本件借入れの申込みをさせ、同支店から、本件借入れに必要な金銭消費貸借契約書及び抵当権設定契約書用紙の交付を受けさせた。そして、孝は、自ら直接あるいは第三者に依頼して、原告らの名義を使用し、右各用紙の所定欄に必要な記載及び押印をして、原告和夫を借主、その余の原告らを連帯保証人とする、利率年八・九パーセント、遅延損害金年一四・六パーセント、期間五年、最終返済日平成七年一〇月一二日等との約定による本件借入金一億五〇〇〇万円に関する金銭消費貸借契約書(乙一)及び、原告らが、原告和夫の本件借入金返済債務を被担保債務として本件各不動産に抵当権を設定する旨の抵当権設定契約書(乙二)を作成した。

8  同月二八日、孝は、松田及び山口を伴って、被告京都支店に赴き、持参してきた右7記載の各契約書を同支店担当者に提出し、同日、同支店から本件借入金一億五〇〇〇万円の交付を受けた。そして、このことにより、外形上、(1)被告と原告和夫との間に、同原告を借主とする、前記約定による本件借入金一億五〇〇〇万円に関する金銭消費貸借契約(以下「本件(1)の契約」という。)、(2)被告とその余の原告らとの間に、同原告らが原告和夫の本件借入金返済債務につき連帯保証する旨の連帯保証契約(以下「本件(2)の契約」という。)、(3)原告らが、原告和夫の本件借入金返済債務を被担保債務として本件各不動産に抵当権を設定する旨の抵当権設定契約(以下「本件(3)の契約」という。)がそれぞれ成立した(右(1)ないし(3)の各契約を、以下「本件各契約」という。)。(右6ないし8の事実は、甲一ないし五、甲九、乙一ないし三(記載自体)、証人孝、同大野並びに弁論の全趣旨により、これを認める。)

三  争点

1  有権代理の成否

(一) 原告和夫から孝に対する、本件(1)の契約締結のための代理権授与の有無

(二) その余の原告らから孝に対する、本件(2)の契約締結のための代理権授与の有無

(三) 原告らから孝に対する、本件(3)の契約締結のための代理権授与の有無

2  表見代理の成否

(一) 本件(1)の契約についての、民法一一〇条又は一〇九条の適用ないし類推適用の有無

(二) 本件(2)の契約についての、民法一一〇条又は一〇九条の適用ないし類推適用の有無

(三) 本件(3)の契約についての、民法一一〇条又は一〇九条の適用ないし類推適用の有無

3  信義則違反の成否

原告らが、本件各契約の無効を主張することは、信義則に反するか。

四  争点に関する当事者の主張

(被告)

1 有権代理の成否(争点1)

(一) 本件(1)の契約について

(1) 孝は、平成二年九月一九日、被告との間で、本件(1)の契約を締結した。

(2) 孝は、右(1)の契約締結の際、原告和夫のためにすることを示した。

(3) 原告和夫は、右(1)の契約締結に先立ち、孝に対しその代理権を与えた。

(二) 本件(2)の契約について

(1) 孝は、平成二年九月一九日、被告との間で、本件(2)の契約を締結した。

(2) 孝は、右(1)の契約締結の際、その余の原告らのためにすることを示した。

(3) その余の原告らは、右(1)の契約締結に先立ち、孝に対し、その代理権を与えた。

(三) 本件(3)の契約について

(1) 孝は、平成二年九月二八日、被告との間で、本件(3)の契約を締結した。

(2) 孝は、右(1)の契約締結の際、原告らのためにすることを示した。

(3) 原告らは、右(1)の契約締結に先立ち、孝に対し、その代理権を与えた。

2 表見代理の成否(争点2)

(一) 本件(1)の契約について

(1) 基本代理権

原告和夫は、孝に対し、前記第二の二4、5の代理権を与えたほか、平成二年五月頃、その余の原告らから本件各不動産に対する前記各持分を買い受けるための代理権を与えた。

(2) 授権表示

原告和夫は、孝に対し、実印、印鑑登録カード、登記済証、名刺を交付し、代理権授与の表示をした。

(3) 被告担当者は、本件(1)の契約締結の際、孝にその代理権があるものと信じた。

(4) 被告担当者が、右(3)のように信じたことには、次のとおり正当な理由がある。

① 契約当日、原告和夫の長男である孝が松田を伴って被告京都支店に来店したが、松田は、同支店担当者に対し、原告和夫であると称して、名刺を交付した。そして、松田は、年齢、容貌、身なりに不自然なところはなく、名刺の勤務先についての雑談もごく自然で疑わしい点は何もなく、必要書類を持参していたため、同支店担当者は、松田を原告和夫であると信じた。

② 本件借入金の資金使途は、マンションの購入資金であるとのことであったので、これを裏付ける資料を要求したところ、松田は、右当日、売買契約書のコピーと自己資金を預金した預金通帳のコピーを持参した。また、返済方法については、バブルの絶頂期にあり、不動産は買えば値上がりし、数年して売却すれば必ず儲かるので、右マンションも数年後には売却し、一括返済するという予定であり、とりあえず貸付期間も長めに見積もって五年間としたもので、当時は、不動産を担保にして不動産を購入するなら貸付も惜しまないという時代であった。以上の次第であるから、被告としては、資金使途や返済方法についてなんらの不審も疑問もなく貸付を実行したのである。

(5) したがって、被告は、民法一一〇条又は一〇九条の適用ないし類推適用により保護され、原告和夫は、本件(1)の契約について、責任を免れないというべきである。

(二) 本件(2)の契約

(1) 基本代理権

その余の原告らは、孝に対し、前記第二の二5記載の地目変更登記をする代理権及び本件各不動産につき同原告らの住所移転を原因とする登記名義人表示変更登記をする代理権を与えた。

(2) 授権表示

その余の原告らは、孝に対し、印鑑登録証明書を交付し、代理権授与の表示をした。

(3) 被告担当者は、本件(2)の契約締結の際、孝にその代理権があるものと信じた。

(4) 被告担当者が、右(3)のように信じたことには、次のとおり正当な理由がある。

① 孝は、契約当日、連帯保証人となるその余の原告らが多数でしかも遠方なので、自分がサインをもらってくる旨申し出たため、被告担当者は、前記第二の二7の各契約書用紙の所定欄に同原告らが署名押印をし、その印鑑登録証明書を添付することを条件にその申し出を認めることにし、右各契約書用紙を孝に交付した。

② 孝は、貸付実行当日、その余の原告らの署名及び押印のある右各契約書用紙に印鑑登録証明書を添付して持参した。そして、被告担当者は、右すべての印影について、それぞれ印鑑登録証明書と照合したところ、実印の印影に間違いない旨判断したので、貸付を実行した。

(5) したがって、被告は、民法一一〇条又は一〇九条の適用ないし類推適用により保護され、その余の原告らは、本件(2)の契約について、責任を免れないというべきである。

(三) 本件(3)の契約について

(1) 基本代理権

原告和夫は、前記(一)(1)の各代理権を、その余の原告らは、同(二)(1)の各代理権をそれぞれ孝に与えた。

(2) 授権表示

原告和夫は、前記(一)(2)の表示を、その余の原告らは、同(二)(2)の表示をそれぞれした。

(3) 被告は、本件(3)の契約締結の際、孝にその代理権があるものと信じた。

(4) 被告が、右(3)のように信じたことには、前記(一)、(二)の各(4)のとおり正当な理由がある。

(5) したがって、被告は、民法一一〇条又は一〇九条の適用ないし類推適用により保護され、原告らは、本件(3)の契約について、責任を免れないというべきである。

3 信義則違反の成否(争点3)

(一) 原告和夫について

(1) 原告和夫は、孝に対して、前記第二の二4、5の代理権を与え、実印、印鑑登録カード、登記済証を交付するなど、本件(1)、(3)の各契約の締結に深く関与している。

(2) 原告和夫は、同居の息子である孝の生活状況や、にわかに本件各不動産に関心を示し、担保設定に向けての環境を整えるべく行動している状況を認識して容認していたのであるから、本件各不動産に担保が設定されるであろうことは十分認識していた。少なくとも、孝が承諾可能と考えていた三〇〇〇万円までは、原告和夫も十分予見し、その負担を覚悟できる状況にあった。

(3) 原告和夫は、本件抵当権設定登記後、直ちに被告に対して連絡することもなく、三宅に対し、借用書を要求するなど本件(1)、(3)の各契約が有効であることを前提に行動している。

(4) したがって、原告和夫が、本件(1)、(3)の各契約は自己の与り知らないことであるとして、その無効を主張することは、信義則に反し許されない。

(二) その余の原告らに対し

(1) その余の原告らは、孝から、本件各不動産を担保に入れて金員の借入れをしたいという相談を受けており、本件各不動産の売却については反対したが、担保の設定についてはこれを認容し、その実現に向けて印鑑登録証明書を交付するなどして協力していた。少なくとも、三〇〇〇万円までは予見し受忍したであろう状況である。

(2) したがって、その余の原告らは、本件(2)、(3)の各契約は自己の与り知らないことであるとして、その無効を主張することは、信義則に反し許されない。

(原告和夫)

被告が、孝に代理権があると信じ、又は、原告和夫の替え玉として行動した松田を、原告和夫本人であると信じたことについては、次のとおり過失がある。

1 被告は、住宅金融を業とする専門会社であるから、業務遂行にあたって要求される注意義務は、当然一般人よりも加重されてしかるべきであるところ、本件(1)の契約は元金一億五〇〇〇万円と巨額の融資であり、しかも、被告と原告和夫は、全く面識のない関係であるから、貸付の実行にあたっては、本人の同一性確認と意思確認が慎重になされるべきであるのに、被告は、いずれの確認も慎重に行っていない。

2 被告の本件貸付業務は、杜撰である。すなわち、本件(1)の契約の申込書の「資金使途」欄や「返済方法」欄の申込者の記載は、形だけの御座なりのものであり、もし、被告が、融資申込者に対し、金融機関が通常要求する程度の調査ないし裏付けの資料を要求していれば、本件の貸付が実行されることはなかった。

(その余の原告ら)

被告は、金融機関であり、当該代理行為によって、その余の原告らは、元金一億五〇〇〇万円もの多額の債務を連帯保証することになるのであるから、代理権の有無について同原告らの意思を確認し、契約書等に顕出された同原告らの印影とその印鑑登録証明書との照合を綿密に行うなどの義務を負う。にもかかわらず、同原告らの実印を所持しているわけでもなく、かつ契約書に同原告らが署名押印するのを確認せずに、孝に代理権があると信じたことは、金融機関としてはあまりにも軽率であって、正当理由があるとはいえない。

第三争点に対する判断

一  本件各契約締結に至る経緯について

証拠(甲九、甲一二ないし一七の各一、二、甲一八、甲二一、甲二二、検甲一ないし四、乙五の一ないし六、乙六のうち各印鑑登録証明書、乙八の五、六、乙九の四、五、乙一〇の五ないし七、乙一一の四、五、乙一二の六ないし一〇、証人孝、同大野、原告和夫、同田崎及び同本各本人)によれば、次の事実が認められる。

1  孝は、昭和六二年、時計、宝石、貴金属等の販売を目的とする株式会社富士流通(本社東京都渋谷区、現在の商号株式会社エフアール、以下「エフアール」という。)に入社し、同年一〇月末頃、エフアール京都支店ができたのをきっかけに京都に戻り、原告和夫の自宅である本件各不動産中の建物(以下「本件建物」という。)において、原告和夫ら家族と平成二年一〇月頃まで同居していた。孝は、右京都支店において営業成績を上げるため、六五五万円相当のエフアールの商品を顧客である佐藤敏明に売り渡したが、右代金のうち五〇万円しか集金できなかったため、結局右残金につき、孝が、エフアールに立替え払いをすることとなり、平成元年八月末にエフアールを退社するにあたり、三〇〇万円を株式会社富士トレーディング(以下「富士トレーディング」という。)から借り受け、エフアールに支払った。その後、孝は、同年九月一日から富士トレーディングに就職したが、同年一二月末日で退社した。孝は、右借金を返済するため一攫千金を狙って、エフアールの顧客でありテレフォンクラブや風俗関係の仕事をしていた手塚安芳(以下「手塚」という。)の出資話に乗り、手塚に融資するため、友人森川和彦から三〇〇万円、同佐藤友治から五〇〇万円、タツミ商事から二〇〇万円をそれぞれ借り受け、右借入金合計一〇〇〇万円を手塚に渡したが、その後、手塚からの連絡が途絶え、右金員の返済を受けられなくなった。

2  孝は、借金が多額に膨れ上がったため、何とかしなければならないと思い、平成二年三月頃、高校時代の先輩である三宅に、借金のことを相談した。そこで、三宅は、叔父である新創住建代表者小林健一(以下「小林」という。)に、本件各不動産を担保に金員の借入れをすることができないかと相談した結果、新創住建専務で被告京都支店にしばしば融資先の紹介をしていた山口を通して、同支店に対し、右借入れについての打診をすることになった。なお、孝は、その後、三宅から二〇〇万円、新創住建から三〇〇万円を借り受けている。

3  山口が、被告京都支店に対し、右金員の借入れについて打診したところ、同支店は、本件各土地については地目変更しなければ貸付できないこと、共有者全員が連帯保証人になる必要があることなど、いくつかの問題点を指摘した。

4  そこで、孝らは、右の問題点を解決し、本件各不動産を担保に借入れをすることができるよう、次のような準備をした。

(一) 同年五月の連休明けの頃、本件各不動産の所有名義を原告和夫に一本化するため、その余の原告らに売渡証書用紙(甲一八)及び、登記名義人表示変更登記及び本件各不動産の売買を原因とする持分移転登記に関する各委任状用紙(甲一二ないし一七)を送付したところ、原告田崎からは、右契約書用紙及び右各委任状用紙(甲一三の一、二)に署名押印のうえ、これを印鑑登録証明書(乙六のうちの印鑑登録証明書)とともに返送してもらうことができたものの、同原告以外のその余の原告からは、クレームがつき、結局、本件各不動産の所有名義を原告和夫に一本化することはできなかった。

(二) 孝は、前記第二の二5認定のとおり、原告らの代理人として、本件各土地につき前記地目変更登記を経由した。

(三) 孝は、原告和夫の実印等の保管をしていた母から、本件各不動産の登記済証、印鑑登録カードを借用し、右印鑑登録カードを使って印鑑登録証明書の交付を受け、それらを地目変更のために原告和夫から預かっていた実印とともに、新創住建の社員に渡した。また、孝は、原告和夫が勤務先を教えるために孝に渡していた名刺(乙四)を、松田に渡した。

5  ところで、被告京都支店は、平成二年九月初旬、山口から本件各不動産についての前記各問題点は解決する見通しなので、どれぐらいの融資ができるか検討してほしい旨の依頼を受けた。そこで、同支店は、本件各不動産について現地調査を実施し、融資が可能か否かを審査した。また、主債務者(原告和夫)及び連帯保証人(その余の原告ら)に対しては個人信用調査を実施し、いずれにおいても融資は可能であると判断し、その旨を伝えた。なお、孝は、当初本件各不動産を担保に三〇〇〇万円の借入れを受けるつもりであったが、三宅から一億五〇〇〇万円の借入れが受けられるので、同額の借入れを受けて、そのうちの一億円を使わせてほしいと言われたため、これを了承した。

6  被告京都支店担当者は、右一億五〇〇〇万円の貸付を実行するにあたり、契約当日には原告ら関係者全員同支店に来店してほしい旨を山口に伝えた。そこで、孝らは、三宅の発案で、松田を原告和夫のいわゆる替え玉に仕立てることにした。

7  平成二年九月一九日、松田、孝、山口は、被告京都支店を訪れ、支店長の応待を受けた。支店長と松田は、名刺の交換をし、借入申込書に基づいて金額、融資期間、利率等、本件借入れに関連することを話したが、その際、松田は、資金使途について、「土地建物の購入資金」と述べ、購入物件の売買契約書等(乙一七の一ないし四)及び預金証書の写し(乙一八)を示した。そして、松田は、原告和夫に無断で、日住金ローン借入申込書(乙三)の申込人欄、本件(1)の契約に関する契約書用紙(乙一)の借主欄及び本件(3)の契約に関する契約書用紙(乙二)の借主兼抵当権設定者欄に、それぞれ「長谷川和夫」と署名し、その各名下に持参してきた原告和夫の実印を押印した。松田は、年齢、容貌、身なりに不自然なところはなく、名刺の勤務先についての雑談もごく自然であり、実印、印鑑登録証明書、登記済証を所持していたので、同支店担当者は、松田が原告和夫本人であると信じた。

8  同日、連帯保証人となるその余の原告ら全員が来店することとされていたが、孝らは、同原告らが多数でしかも遠方なので、本件各契約についての各契約書用紙等に署名押印をもらってくる旨申し出た。同支店担当者は、孝らの説明にも納得できるので、右各契約書用紙の所定欄に同原告らの実印を押印し、その印鑑登録証明書を添付することを条件に、右申し出を認めることにした。そこで、孝は、必要書類を同月二七日までに揃えることを約束し、右各契約書用紙等を持ち帰った。そして、本件(2)、(3)の各契約についての各契約書用紙(乙一、乙二)の連帯保証人欄及び抵当権設定者欄、並びに遺産分割協議書(乙六)、委任状(乙八ないし一一の各三、一二の四、五)、上申書(乙八の四、一〇の四)になすべきその余の原告らの署名は、三宅の妻が原告和田の分を、金丸千恵が同本の分を、三宅の義理の弟である松井利行が同田崎の分を、筒井美也が同堀の分をそれぞれ無断で代行した。そして右各名下の印影については、三宅らが業者に発注して製作させた偽造のゴム印を押印して、これを顕出した。住民票は、原告和田及び同本については孝が、同田崎については孝と三宅が、同堀については三宅の知り合いが、それぞれ取り寄せた。孝は、右各書類を新創住建関係者に渡した。

9  同月二八日、松田、孝、山口が、被告京都支店に赴いて、右8のとおり作成した必要書類を同支店担当者に渡し、三方司法書士立ち会いのもと、印鑑の照合などが行われた。同支店担当者は、右必要書類にその余の原告らの署名押印がなされており、右照合の結果、同原告らの実印に間違いない旨判断したので、一億五〇〇〇万円の貸付を実行した。孝らは、右一億五〇〇〇万円からローン手数料及び登記手数料を差し引いた約一億四八五〇万円を受け取り、新創住建に対する手数料等を差し引いた残金を、孝と三宅が一対二の割合で分配した。

10  その後、孝が、本件各不動産について何も言わなくなったことから、原告らが不審に思い、平成二年一二月、原告和夫が、本件各不動産の登記簿を閲覧したところ、孝らの以上のような不法行為が発覚した。原告らは、孝及び三宅と話合をしてきたが、平成四年二月二五日に、孝が、原告和夫に対し、「一億五〇〇〇万円のうち、一億円を三宅に貸しているが、借用書を書いてもらっていない。」と打ち明けたため、原告和夫は、孝を伴って三宅方に赴き、三宅に対し、右一億円についての借用書を要求したが、三宅は、一億円の借入れの事実を否定して、これを拒否した。

二  有権代理の成否(争点1)について

被告主張の前記第二の四1(一)ないし(三)の各(3)の事実については、これを認めるに足りる証拠がない。

三  表見代理の成否(争点2)について

1  本件(1)の契約についての、民法一一〇条又は一〇九条の適用ないし類推適用の有無

(一) 前記一7認定の事実によれば、本件(1)の契約は、松田が原告和夫に無断で、同原告本人であると称して、その契約書用紙(乙一)の所定欄に署名押印することにより、被告との間に締結されたものである。

ところで、本人でないのに本人であると称した者が、本人から代理権又は一定の権限を与えられた者と意を通じて、右代理権又は権限の範囲を超える行為をした場合において、その行為の相手方において、右行為を本人自身の行為であると信じ、かつそう信じたことに正当な理由があると認められるときは、民法一一〇条の適用は認められないが、同条の類推適用によって、当該相手方は保護されると解するのが相当である。けだし、本人から一定の代理権を授与された者が、本人自身であると称して右代理権の範囲を超える行為をした場合において、相手方がこれを本人自身の行為であると信じ、かつ、そう信じたことに正当の理由があるときは、民法一一〇条の類推適用により表見代理の成立を認めて当該相手方を保護すべきであるところ(最高裁昭和四四年一二月一九日第二小法廷判決・民集二三巻一二号二五三九頁参照)、代理人が本人自身であると称した場合と、代理人が他の者と共謀し当該他の者に本人自身であると称させた場合とで、善意無過失の相手方の保護に差異を設けることに合理的な理由がないからである。

(二) そこで、被告京都支店担当者が右のとおり信じたことについての正当理由の有無について判断する。

(1) 前記一6、7認定の事実によると、被告京都支店担当者は、本件(1)の契約の締結日に、孝及び松田らが来店し、松田が、自ら原告和夫本人と名乗って名刺を交付し、年齢、容貌、身なりや名刺の勤務先についての雑談もごく自然で疑わしい点もなく、また、必要書類等を所持していたため、松田を原告和夫本人と信じたものであるから、同支店担当者が、そのように信じたことに無理からぬ面があることは否定できない。

しかしながら、前記一3、5認定の事実によると、本件借入れについての事前の交渉はすべて新創住建関係者が行っており、同支店担当者は、原告和夫本人と一度も面接していなかったのに、前記のとおり原告和夫本人と称する松田と面接した際、身分証明書等原告和夫本人であることを証するに足りる書面の提示を求める方法により、松田が原告和夫本人に間違いないことを確認することなく、前記状況の下において、右のように信じたものであるから、そのように信じたことについては、正当の理由はないというべきである。

けだし、時に不肖の子が親に無断でその所有不動産の登記済証や実印を持出し、本件のような取引に及び、これが訴訟に発展することは、顕著な事実であり、このような事態を回避するためには、被告のような右取引の相手方である金融機関等に、本人と称して取引を求める者が本人に間違いないことを前記方法により確認させることが有効であり、しかも、このような確認は、一挙手一投足の労によりなしうる、極めて容易な事柄であり、このことに、本件(1)の契約の効力が原告和夫に及ぶものとした場合に、同原告が極めて重大な損害を被ることをあわせ考えれば、被告京都支店担当者において、松田が原告和夫本人であることを前記方法により確認することなく、松田を原告和夫本人と信じて本件(1)の契約を締結したことについては、正当な理由があるとは認められないからである。

(2) したがって、本件(1)の契約についての被告の表見代理の主張は、その余の点について判断するまでもなく、理由がない。

2  本件(2)の契約についての、民法一一〇条又は一〇九条の適用ないし類推適用の有無

(一) 前記一8認定の事実によれば、本件(2)の契約は、三宅らが、その妻等をして、その余の原告らに無断で、契約書用紙等の所定欄にそれぞれその余の原告らの署名を代行させたうえ、その各名下に前記各偽造印を押印する方法で作成した前記各契約書により、被告との間に締結されたものである。

ところで、このような場合において、相手方において、本人が真正に署名押印したものと信じ、かつ、そのように信じたことについて正当の理由があるときは、民法一一〇条の適用は認められないが、同条の類推適用により、相手方は保護されると解すべきことは、本件(1)の契約の場合と同様である。

(二) そこで、被告京都支店担当者が右のとおり信じたことについての正当理由の有無について判断する。

(1) 前記一8、9認定の事実によれば、同支店担当者は、その余の原告らの署名押印がなされた本件(2)の契約に関する契約書等の必要書類、及び同原告らの印鑑登録証明書を受け取り、右各印鑑登録証明書と右各書類に押印された印影とを照合したところ、実印の印影に間違いない旨判断したので、前記のとおり信じた上、原告和夫に対する一億五〇〇〇万円の貸付を実行したものである。

しかしながら、同支店担当者は、その余の原告らとは面識がなかったのに、同原告らに対し、その意思の確認をすることなく、前記状況の下において右のように信じたものであるから、そのように信じたことについては、正当の理由はないというべきである。

けだし、孝らが、同支店担当者に、同原告らが来店できないとしていた理由は、多数であり遠方であるというものであるから、同支店担当者が、同原告らに電話をするなどして本件(2)の契約締結の意思の有無を確かめることは極めて容易なことであり、同支店担当者が、右確認手段さえとれば、同原告らが右書面に署名押印していないことは容易に判明したはずであること、及び本件(2)の契約の効力が、同原告らに及ぶものとした場合に、同原告らが極めて重大な損害を被ることを考えれば、同支店担当者において同原告らの意思確認をすることなく、前記のように信じたことについては、正当な理由があるとは認められないからである。

したがって、本件(2)の契約についての被告の表見代理の主張は、その余の点について判断するまでもなく、理由がない。

3  本件(3)の契約についての、民法一一〇条又は一〇九条の適用ないし類推適用の有無

(一) 前記一7、8認定の事実によれば、本件(3)の契約のうち、原告和夫に関する部分は、本件(1)の契約と同じ方法により締結されたものであり、また、その余の原告らに関する部分は、本件(2)の契約と同じ方法により作成されたものであり、被告京都支店担当者が右各部分はそれぞれ原告和夫及びその余の原告ら各本人により締結されたものと信じたことが認められる。

(二) しかし、同支店担当者が右のように信じたことについて正当の理由があるとは認められないことは、右(一)前段認定の事実及び前記1、2の各(二)に説示したところから明らかである。

したがって、本件(3)の契約についての被告の表見代理の主張は、その余の点について判断するまでもなく、理由がない。

四  信義則違反の成否(争点3)について

1  原告和夫について

前記第二の二4、5、同第三の一10認定の事実によると、原告和夫は、孝に対して、地目変更及び遺産分割についての代理権を与えており、また、孝らの前記不法行為が発覚した後、三宅に、借用書を要求するなどしている。被告は、これらの行為をとらえ、信義則に基づき原告和夫の本訴請求が排斥されるべきことを主張するものである。

しかしながら、右代理権を与えたことをもって、本件(1)、(3)の各契約に深く関与していたものとは認められない。

また、前記一2、3、5認定の事実によると、本件借入れについては、三宅が中心となってその計画を立てており、孝は、自ら播いた種とはいえ、三宅の求めにより本件借入金のうち一億円を三宅に貸付けたのに、三宅に一億円の受領を否定され、三宅の右金員受領の事実を証明する文書もなかったため、孝の父である原告和夫が三宅に借用書を要求したものであるから、原告和夫の右行為をもって本件各契約の有効を前提にした行為ということはできない。

他面、被告は、前記認定のように一挙手一投足の労ともいうべき本人確認ないし本人の意思確認を怠ったのであって、このことは正当理由の有無に関し看過し得ないところである。

以上の事実を考慮すれば、被告主張のように、原告和夫の前記各行為をとらえて、本訴請求を排斥すべき道理を見出し難い。

よって、被告の信義則違反の主張は、理由がない。

2  その余の原告らについて

前記第二の四3(二)の被告主張事実は、これを認めるに足りる証拠はないから、これを前提とする被告の信義則違反の主張は、理由がない。

五  まとめ

以上のとおり、本件各契約はいずれも無効であり、したがって、これに基づく本件抵当権設定登記も無効である。

第四結論

以上のとおり、原告らの請求はいずれも理由があるからこれを認容することとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

<以下省略>

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